生成AIの進化を背景に、マーケティングやメディアビジネスのあり方は大きく変わりつつあります。2026年6月25日に開催された勉強会ウェビナーでは、こうした変化を踏まえながら、AI活用の実務的な視点や今後の方向性について共有が行われました。本ウェビナーには648人が参加し、今後の業務に生かせる多くの示唆が得られました。
「AI時代のマーケティング」
dentsu Japan
チーフ・AI・オフィサー
エグゼクティブクリエイティブディレクター
並河 進 氏
私はdentsu Japanのチーフ・AI・オフィサーとして、社内のAI活用推進に加え、企業の皆様のAI変革を支援する旗振り役を担っています。当社では「AI For Growth」を掲げ、AIによる単なる業務効率化にとどまらず、人の創造性や判断力を高め、新たな価値創出を目指しています。その実現に向け、2025年7月には「dentsu Japan AIセンター」を設立し、各領域で進めてきた取り組みを集約した約1,000名の横断チームとして活動を開始しました。
■AI時代のマーケティング
生成AIの進化によって、「AIに仕事を奪われるのではないか」という話を耳にする機会が増えました。しかし、私は、AIは人の仕事を奪う存在ではなく、仕事の進め方そのものを変える存在だと考えています。人とAIがそれぞれの強みを生かしながら協働することで、これまで以上に大きな価値を生み出せる時代が始まっています。
マーケティングにおいても、その変化は大きく進んでいます。従来はPDCAサイクルを基本に、企画を実施した後に検証・改善を行うことが一般的でした。一方、AI時代には「Simulate」が加わり、「PSDCA」という新たな仕事の進め方が可能になります。生成AIを活用することで、実施前に企画を検証し、生活者の反応をシミュレーションしながら改善を重ねることで、施策の成功確率を高めることができます。この「Simulate」は決して特別なものではありません。メールを送る前にAIに相談したり、企画書の改善点を尋ねたりすることも、その一例です。私たちはすでに、意識せずにPSDCA型の仕事の進め方を始めています。

当社では、この考え方を実現するために、「Creative Thinking Model」と「People Model」という二つのAIモデルを開発しています。Creative Thinking Modelは、マーケターやクリエイターなど社内の専門人材の知見や思考プロセスをAIに取り入れ、企画やアイデア創出を支援するものです。一方、People Modelは、生活者データを基にAIペルソナとして再現し、広告や商品企画に対する反応を事前にシミュレーションするものです。これらを活用することで、企画の質を高め、生活者理解を深めることができます。
さらに、AIを効果的に活用するためには、企業や組織に蓄積された知見を活用可能な形にすることも重要です。特にベテラン社員の暗黙知は、言語化されないまま受け継がれてきたものも少なくありません。しかし、AIに学習させる過程で、それらの経験やノウハウを整理し、組織の資産として共有することで、新人教育や技術継承にもつながります。実際に私が関わったプロジェクトでも、AIへの学習過程で「当たり前」とされていたノウハウが明文化され、組織内で共有可能になりました。
AIは人の代わりに考える存在ではなく、人の経験や創造性を引き出すパートナーです。AI時代のマーケティングでは、AIをいかに活用し、人の力と組み合わせるかが競争力を左右します。
■AI時代の人々の変化
生成AIの普及により、人々の行動や情報との接し方も大きく変わり始めています。皆さんも日常的にChatGPTやGeminiなどの生成AIを利用する機会が増えていると思います。
当社の調査では、「気軽に感情を共有できる相手」として、対話型AIを親友や家族と同じ、あるいはそれ以上の存在と捉える人が少なくないことが分かりました。ただし、これはAIが人より信頼されているという意味ではありません。友人や家族には相談しづらいことも気兼ねなく話せる存在として、AIを利用する人が増えています。私はこうした存在を「第三の仲間」と呼んでいます。サードプレイスが家庭や職場とは異なる居場所を指すように、生成AIも新たな相談相手として存在感を高めつつあります。
年代によって生成AIに求める役割も異なります。年齢層が高いほど「知らないことを教えてほしい」という知識ニーズが強い一方、若い世代ほど「癒やしてほしい」「自分を認めてほしい」といった心理的な支えを求める傾向があります。AIは単なるツールから、人に寄り添う存在へと変化しています。
こうした変化は情報接触にも影響しています。従来の検索エンジンがキーワードによる情報探索を中心としていたのに対し、生成AIは会話や関心といった「文脈」を理解したうえで情報を提示します。さらに対話を通じて人の好みや価値観を踏まえた提案を行うことで、人とAIの間に「共通記憶」が形成され、より個別最適化された情報体験が実現していきます。
企業の情報発信も、この変化に適応する必要があります。これからは人だけでなく、AIにも選ばれる情報設計が求められます。そのためには、人やAIの記憶に残る体験設計と、AIが理解しやすい情報構造という二つの視点が重要です。後者の情報設計の考え方は「GEO(Generative Engine Optimization)」と呼ばれ、生成AI向けの情報最適化として注目されています。SEOが検索結果での上位表示を目指すのに対し、GEOは生成AIの回答内で適切に言及されることを目指します。生成AIが生活者にとって身近になるほど、企業と生活者の接点もAIを介して生まれるようになります。だからこそ、「AIにどう使われるか」ではなく、「AIを通じて生活者とどのような関係を築くか」が重要になると考えています。
■AI時代のメディアビジネス
AIの進化は、メディアビジネスの構造そのものにも変化をもたらし、「効率化」から「構造変革」の段階へと移りつつあると考えています。まず挙げられるのが、業務の効率化です。これまで人が時間をかけて行ってきた企画書やレポート作成などは、生成AIによって大きく変わりつつあります。複数の資料から予算に応じた提案を短時間で作成することも可能です。
最近では、資料をAIに読み込ませ、対話的に必要な情報を整理することも一般化しています。ただし、効果的に活用するには、「根拠を示して」「出典URLを提示して」といったプロンプト設計が重要です。これからは、AI活用は個人単位ではなく、チーム単位で考えるべきです。単発業務では人の方が速い場合もありますが、繰り返し発生する業務をAI前提で標準化することで、大きな効果が生まれます。
さらに、AIはツールから仕事仲間へと進化しつつあります。複数のAIエージェントが役割を分担し、データ分析から原因特定、改善施策の立案、資料作成まで、一連の業務を担うことも可能です。その中で人間は、AIを活用しながら、最終判断や意思決定に集中する役割へと変化していきます。このように、従来5人で行っていた業務が、リーダーと複数のAIによるチームへと変化する可能性があります。若手社員の経験機会を心配する声もありますが、若手もリーダーとしてAIをチームメイトにしながら仕事を進める時代になると考えています。
■AI時代のガバナンス
AI活用が広がる中で、欠かせないのがガバナンスです。ガバナンスというと制約やブレーキという印象がありますが、私はむしろAI活用を進めるために欠かせないものだと考えています。ルールが明確であるからこそ、社員は安心してAIを活用できます。「使わないための制約」ではなく、「安心して使うための設計」を整えることが大切です。
AIのリスクは、「学習させるデータが何か」「学習の精度はどうか」「自社データが不当に使われないか」「オリジナリティやクオリティのあるアウトプットか」という4つの視点から捉えることが重要です。
学習データの著作権や権利関係、ハルシネーション(誤情報の生成)を防ぐための設計、自社データのAI学習利用に関する規約や契約内容の確認、生成物の類似性や依拠性(元の著作物を参照したかどうか)を踏まえた著作権リスクの確認などを通じて、適切なAI活用の環境を整えることが求められます。
特に、AIが自律的に業務を行うようになる中では、AIが扱える情報の範囲や利用ルールを適切に設計することが重要になります。また、AIの進化は企業だけでなく社会全体にも影響を与えるため、業界横断でのガイドラインづくりも今後さらに重要になると考えられます。AI活用を広げるためには、安心して利用できる環境づくりが欠かせません。ガバナンスはAIを制限するものではなく、適切な活用を支える仕組みです。
最後に、AIの進化によって、マーケティング、生活者との関係性、メディアビジネス、そして働き方そのものが大きく変わろうとしています。私はAIを人間の代替ではなく、人の能力を拡張し、新しい価値を生み出すパートナーだと捉えています。AIと共に働くことで、より創造的で本質的な仕事が可能になる、そんな未来を目指していきたいと考えています。
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